「さよなら、ミミ」
7月13日午後2時55分、ミミが亡くなりました。20歳でした。ご心配をおかけしたファンの皆様に、ご報告させていただきます。

昨年11月19日に膀胱癌と診断され、余命は3カ月と告げられました。尿道の入り口に癌があり、おしっこが出ない状態になったのですが、高齢のため、手術はできないとのことでした。おしっこが2日溜まると、人間でも死んでしまうそうで、それから毎日、朝晩2回、病院で抜いてもらうことになりました。余命3カ月と言われながら、闘病は8カ月続いたことになります。
【○月○日、晴れ。8時起床。9時にヒデ動物病院へ。おしっこを抜いてもらい家へ帰る。18時30分、ヒデ動物病院へ。おしっこを抜いてもらい家へ帰る】
同じ記述が繰り返される日記帳を見返すと、涙が止まりません。
6月に入り、容体が悪化します。息が荒く、呼吸が苦しそうになり、立てない状態になりました。肺に水が溜まり、心臓を圧迫しているということで、その日から病院の酸素室で様子をみることになりました。1週間後には家に戻り、痩せ衰えてはいるものの、よく食べるようになったので、少し安心したのですが、7月に入って再び酸素室へ。先生からは、「もう何が起きてもおかしくないので、できるだけ一緒に過ごしてあげてください」と勧められました。

そして7月13日未明、発作が起きます。甲高い鳴き声を発し、倒れるミミを見て、「ああ、これはダメかな」と思い、「もう充分、頑張ったから、もう頑張らなくていいよ。逝ってもいいよ」と声をかけましたが、ミミの心臓が停止することはありませんでした。その日の午前中、我々夫婦は2回目のワクチンを打つことになっていたので、妻と相談し、覚悟を決めて、ワクチンを打つ間、病院で預かってもらうことにしました。ワクチンを打ち終えて病院に電話すると、「大丈夫ですよ」とのこと。涙をこらえて迎えに行きました。
我が家に帰って間もなく、再び発作が起き、3回吠えたあと、倒れて心臓が止まりました。我々夫婦のことを思って、迎えに来るまで頑張ってくれたんだろうと、ミミの身体に手をあてていると、なんと、2~3分後に心臓が動き始めたんです。「え! まだ生きてるよ、生きてる!」と、二人で叫びました。その後の2時間ほどは、心臓は動いているものの、意識がない状態が続き、午後2時55分、心臓が停止します。もう再び動くことはありませんでした。

荼毘に付され、骨壺に納められて、ミミは今、自宅の居間におります。最後を自宅で、夫婦で看取ることができてよかったと思っています。ミミも、きっと、そう思っているでしょう。
今は、毎日、喪失感、孤独感、悔恨感、寂寥感が押し寄せてきますが、一目惚れして20年、一緒に暮らせたことを、とても幸せに思っています。ミミ、ありがとう。ミミ、さよなら。そして、気にかけていただいたファンの皆様、ありがとうございました。
2021年7月30日 来生たかお
追伸:7月10日、11日は、ニューアルバム「追憶」のレコーディング最終日で、5曲の歌入れが残っていました。もし、その前にミミが亡くなっていたら、私は、間違いなく歌うことができなかったと思います。そして、アルバムの発売日を延期することになったでしょう。そのことも、ミミは分かっていたんだろうと思います。